はじめに

ヒトの指の巧みな動作も,重量挙げのような大きな力も,全ては大脳運動野の出力細胞が発火し,電流パルスが脊髄内のα運動ニューロンに伝えられ,次にα運動ニューロンが発火して,それが支配する筋線維が収縮することで実現されています.その仕組は,発火する細胞の大きさ,数および発火頻度を調節することにあります.しかし,複雑なフィードバック系を構成しているために,その調節機構については分かっていないことが多いのです.

これら複雑な調節機構を,シミュレーションや実験を通して解明し,工学的応用を目指します.そのためには,まずヒトはどのような特性を示すのか,明らかにする必要があります.大雑把に言えば,非線形な特性であり,個人差が大きい特性を示します.しかし,それをモデル化・定式化しなければ,工学的応用へは結びつきません.どのように非線型な性質を計測するのか,どのように定式化するのか,といったことを考えなければならないのです.

ところで,この複雑な制御機構のアクチュエータである筋を考えても,筋は単なる力発生器ではなく,粘弾性を有しています.さらのこの粘弾性も中枢からの司令によって,調節されていると考えられています.しかし,その調節機構は,未だ解明されていません.

当研究室では,ヒトの柔らかで滑らかな動作の仕組みを解明する研究を行っています.具体的には,筋肉が活動するときに観測される筋電位,発揮する力,筋肉が収縮するときの微細振動(筋音)の計測を行い,数学モデルの構築を目指しています.

ヒトの組織は粘弾性をもつことは知られていますが,具体的な数値は限られた筋肉や摘出した組織について計測されている程度です.これでは,シミュレータを構築する,ヒトの特性を考慮した機器を開発するなどの目的には不十分です.一方,筋肉の粘弾性の推定は,摂動を与えたときの応答を計測することで行われてきました.例えば,親指を曲げたり伸ばしたりする筋肉を収縮して一定の力を発揮しているときに,ランプ and ホールドで変位を与えてその応答を計測する方法です.この方法では.実験装置の制約から,対象となる筋肉が小さいものに限られます.

当研究室では,筋音が筋肉やその上の皮下組織の機械的特性を反映する信号であることから,筋音を用いる推定方法の確立を目指しています.また,従来は機械インピーダンスの計測として行われていた筋肉や皮下組織の柔らかさとの関係を探っています.